色々な家庭用の簡易刃砥ぎ器が販売されていますが、当社でも色々試してみても、少なくとも安価な物には、「使い物になるものは、まったく無い」といってよいでしょう。それどころか、「簡易研ぎ器」には、刃物をいためてしまうものもたくさんあります。もちろん、庖丁を研ぐことが難しい技術なら、そんな道具に頼るのもわかりますが、基本さえ押えておけば決して難しいものではありません。
庖丁に限らず、刃物を研ぐと言うことは「どの部分を、どのようにしようとして、こうする」という基本を知っていることが重要です。ここでは、その基本的な砥石を用いた砥ぎ方を説明してあります。
そもそも、庖丁はなぜ切れるのでしょう?。研ぎ澄まされたよく切れる庖丁の刃先を顕微鏡で観察すると、単に先端が尖っているだけではなく、刃先に細かいキザギザの凹凸があります。肉や魚を切るとよくわかりますが、庖丁を素材に単に押さえつけただけでは切れませんね。
これは他の刃物、斧や鉈(ナタ)あるいは鋏(ハサミ)とは切れるしくみが違う部分です。特に野菜や肉や魚の料理に使用する庖丁は、この刃先の細かいギザギザがとても重要な働きをしています。これらの料理に使用する庖丁は、素材に当てた後、前後いずれかに滑らす事で切れます。そのときに刃先のギザギザが素材の繊維に引っかかって切ることが、庖丁で物を切るときの最初の段階になっています。言い換えると庖丁用の材料は、この細かいギザギザが均一に存在し、しかも長持ちしなければならないのです。硬さだけでは切れない。
良い庖丁は、目の細かい仕上げ砥石で研いでも、庖丁の素材自体がもつ金属の結晶構造で、この細かいギザギザが現れますし、それが長持ちします。安価な素材は柔らかくて先端がすぐ丸くなったり、ギザギザが均一にできにくかったりします。
切れなくなった庖丁は、刃先がツルツル滑るようになっています。簡単なチェック方法として、指の爪を斜めにして庖丁を軽く乗せてみましょう。庖丁がツルッと滑り落ちるようでは切れません。また新聞紙の上で庖丁を(強く押えずに)手前に引いて新聞紙が切れないようでしたら切れません。
庖丁を研ぐとは、この刃先が丸くなって抵抗がなくなり切れなくなった状態を、元の刃先のように鋭くして、刃先の細かいギザギザを復活させることなのです。
本職が使うような高級な庖丁は、一度研いだら長く使えなければならない(研いでばかりいたら仕事にならない)ので、それなりに高価な材料でできていますが、家庭用の場合は材料自体はそれほど良くないのですが、基本は同じです。
切れない刃物は、素材の上で滑りやすく、またどうしても無用な力を加えての作業になるため、事故の原因になります。また、事故には至らなくても「タマネギを切ったら目にしみる」とか「トマトをスライスしたらつぶれてしまう」なんてことになります。
下の図のように先端が丸まってしまった刃先を元の鋭利な状態に戻すことが目標です。砥石は荒砥から順番にかけていきますが、そのときにどこまで作業が進んだかは、刃先のカエリで確認します。
刃先のカエリは研いでいるほう(砥石に接している方)の反対側を指で(庖丁の背側から刃先に向かって)撫でると簡単にわかります。刃の全長にわたってカエリがでるとその側は研ぎ終わりです。これを荒い砥石から細かい砥石に繰り返していくだけです。
まず、当然ですが、砥石を用意します。
流し台では高くて力が入りにくい場合は、自分の腰より少し低めのしっかりした台があると良い。もちろん濡れても良いもので。
砥石は使う前に水に浸けておきましょう。特に最近の合成砥石は十分水に浸けておく必要があります。(上で紹介したペア砥石はケース自体が砥石を浸けるための容器になっています。)
利き手で柄をもち、もう一方はそえるだけ。実際に研ぐ動作の時にも押えるだけで角度はあくまで利き手で決めます。手首だけで研ぐとどうしても砥石の一部だけを使い、角度も一定しません。
上半身全体を使って研ぎ、右手(利き手)は角度を一定にするためだけに持ち、左手(利き手でないほう)は、砥石に庖丁を押さえつけるためと役割分担をしっかりと。
庖丁は砥石の長手方向に対して直角から数十度傾けて構えます。ただし、長い庖丁は傾けて置く。
庖丁は刃に対して直角に動かします。斜めに置いている場合も動かすのは刃に対して直角に。
一度も研いでないなら、今の角度にあわせるのが確実ですが・・・
砥石が庖丁に対して刃先から刃元に移動するときに押え、逆の動きのときは抑える力を抜きます。
砥石の表面が船底のように窪んでしまうのは、庖丁を研ぐことに熱心なあまり必要以上に力を加えて小刻みに庖丁を動かしているからです。庖丁ではなく砥石全体を研ぐ、削るようなつもりで庖丁を動かせば真ん中がくぼんでしまうことはありません。庖丁を斜めに置いて砥石の端の角も削るようなつもりで庖丁を動かすと良いですね。
研いでいるときに砥石の粉はできるだけ砥石上に残す。意外と仕事をしている。
荒砥は庖丁が簡単に研げますから、あまり力を入れずに研げます。荒砥は、刃先の形を決める重要なステップです。早く研ぐより角度や形を決めることに集中しましょう。
このとき、むやみに力を入れても研げる量はそれほど変わりません。荒砥で研ぐときは「形を整えること」を目的にできるだけ正確に研ぐことが必要です。
研いでいるほうの反対側を、庖丁の背中から刃先に向かって軽く撫でるとカエリがでれば引っかかります。これがでてくると刃先の中心まで研ぎ進んだことになりますから、反対側を同じように研ぎます。
荒砥で両面を研いでカエリがでたら、より目の細かい砥石に変えて同じように研いでいきます。
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物を切断するとき、刃先のギザギザは素材の繊維を切る上で重要な働きをしています。刃先の線に平行に砥石を動かすと、このギザギザを取り除いてしまうばかりか、ひどい場合先端を丸めてしまいます。
砥石を刃先の線に平行に動かすと刃先のギザギザが消滅してしまう。
さらにひどくなると、刃先が丸くなってしまう。
実は、素人さんが砥石の上をこのように滑らせるのは、多くの場合『刃先のカエリをとるために』という理由が多いようです。確かにカエリは取れますが、ステンレスの庖丁にこれをすると効果覿面・・カエリは取れて同時に切れ味がガクッと落ちます。
基本的には仕上げ砥石で何度か裏表を変えて研げばカエリは取れるはずですが、やわらかい鋼の庖丁やステンレスの庖丁では、高級品に比較してカエリはとりにくいのです。そのようなときには専用の皮砥もあるのですが、家庭では古くなったランドセルの背皮や、それもなければ新聞紙で十分代用可能です。(プロ用には専用のバフがあります。)
皮砥は、砥石で研ぐときとは逆に刃元からは先に向かって皮砥が滑ります。間違うと皮を切ってしまいます。そのため庖丁の表裏を変えるときも図のように変えます。
庖丁を販売していていると、『ステンレスの庖丁は切れないのか?』という質問をよく聞きます。ステンレスの庖丁でも、けして切れなくはありません。では、なぜ『ステンレスの庖丁は切れない』と言われるのでしょう。
それは、安価な庖丁と高価な庖丁を比較しているからです。一般的な金物だと鉄製とステンレス製はステンレスのほうが数倍高価なのですが、庖丁の場合は、数千円から一万円程度の比較的高価なハガネの庖丁と、千円未満から高くても数千円のステンレスの庖丁とを比較しているから、「ステンレスの庖丁は切れない」という誤解になってしまうのです。
ハガネの庖丁と、その数倍の価格のステンレスの庖丁とを比較すると切れ味には遜色ないでしょう。ですから、この質問の答えは『ステンレスの庖丁は、同じ価格かそれより高いハガネの庖丁と比較すると切れない』と答えるべきでしょう。
ただし、ステンレスの庖丁は研ぎおろすのが難しい(難削性)という問題と、刃付けに知識が必要という面は残ります。
よく切れる『かみそりの刃』で羊羹(ようかん)を切るより、水で湿らせた「黒文字(くろもじ)」のほうがサクッと切れるのは、かみそりの側面が羊羹にくっついてしまって、それが抵抗になるからです。
いくら本職用の刺身庖丁が良く切れてもそれで魚を卸す(解体す)ることはできませんし、剃(ソリ)で薪を割ることはできません。一見同じに見える斧でも木割用の斧と木を切り倒すための斧では刃先の角度はまったく異なります。
このように、庖丁に限らず、刃物にはその用途に合わせた最適の刃先角度や形状があります。特に日本の刃物は、実際に使う人と刃物を作る職人の間で試行錯誤を繰り返して今の形が決まりました。そのため無駄のない実に合理的な形になっています。庖丁を研ぐとき何が何でも鋭角に研げば良いというわけではありません。
また、刃物を購入されるときは、「何に使うのか」「誰が使うのか」などで切るだけ詳しい情報を教えてください。
異種金属が直接および電解質を隔てて接触するとき、二つの金属の溶けやすさが異なると、溶けやすいほうがプラスの電気をもって溶け出し、あまった電子がもう一方の金属に供給されることによって電流が流れる。(電池)
こうして一方の金属が腐蝕されてしまう現象を電蝕という。