刃物のメンテナンス

そもそも刃物とはなにか?鉄は現代文明を支える大きな要素なのですが、日本は鉄に関しては世界一の技術をもつのですが、不思議なことに、日本の学校教育ではについて学ぶ機会は全まったく設けられていません。

そのために、古典落語の「道具屋

その鋸はな、火事場で拾ってきた奴なんだ。紙やすりで削って、柄を付け替えたんだよ

の有名なフレーズすらが通じないという悲惨なことになっている。「相槌を打つ」、「踏鞴(たたら)を踏む」、「頓珍漢(とんちんかん)」「なまくら」や「焼きを入れる」、「付け焼刃」はすべて鍛冶に由来する言葉なのだけれども。

刃物の鋼材や手入れについて少し詳しく説明してみました。内容自体は金属工学・冶金(やきん)工学中の「結晶学」「金属組織学」で学ぶタイトルをごく簡単に列挙した程度になっています。より詳しい情報が欲しい場合はそれぞれの項目のリンク先なり、付録のリンク先をご覧ください。

「鉄とは何か」「鋼とは何か」「刃物鋼に必要なこと」「切れる切れないの違い」「手入れの方法」という流れで説明してあります。最初は比較的単純な炭素鋼に絞っていったん書き上げてから、順次ステンレス鋼や特殊な鋼材について書き加えて行きたいと考えています。

刃物と鉄の基礎知識

元素としての

原子番号26。元素記号の Feは、ラテン語で鉄を表すferrumに由来したもの。英語ではIronという。金属元素の一つで、遷移元素である。地球の地殻の約5%を占める。

鉄は地殻に豊富に存在することと、その性質によって人類にとって最も身近で重要な金属元素であり、様々な器具・工具や構造物に使われています。

化学結合

固体を作る化学結合には、食塩の結晶のようなイオン結合 によるもの、ダイヤモンドや水晶のような共有結合によるもの、ドライアイスや氷砂糖のような分子間力によるもの、そして鉄のような金属結合によるものがあります。

金属結合は原子核から離れた電子が水が砂粒を寄せ集めているようなイメージでよいでしょう。そのために電子は自由に動き回ることができるため、導電性や展性や延性といった金属結合独特の性質が現れます。

鉄のたぐいまれな性質

金属の中で鉄は最も身近な存在でありながら、とても変わった金属でもあります。温度によって組織が変化し、また様々な他の元素を取り込むことができる。そして、熱処理で大きく性質が変わります。

鉄は豊富に存在することに加えて、合金や熱処理によって多様な性質を持たせることができるために現代文明の様々な場所で最も多く使われる極めて重要な金属元素となっています。

炭素と合金を作りやすい
鉄と炭素は極めて親和性が高く、鉄を精製して炭素を全く含まない鉄を作るのは容易ではない。
純鉄は銀色の柔らかい錆びにくい金属です。
温度により安定な結晶構造が変化する。
徐々に温度を変化させると下記のように色々な結晶構造をとる。
911℃以下では
α鉄、体心立方格子のフェライトと呼ばれる構造。(以前は鉄のキュリー温度(770℃)以上はβ鉄と呼ばれていた。)
911~1392℃では
γ鉄、面心立方格子のオーステナイトとなり、体積が増えて2.14(W)%の炭素を含むことができる。急冷するとマルテンサイトになる。
1392~1536℃では、
再び体心立方格子のデルタフェライト

鉄の歴史

石器、土器、青銅器文明に続いて紀元前15世紀ころにヒッタイトにより、鉄器の利用が始まりました。

ヒッタイトの滅亡後、製鉄技術は周辺にもたらされて以来、農機具や武器、そした様々な工作物と人類において鉄は最も重要な金属であり続け、産業革命以降は、益々その重要性は増しました。

鉄は、あまりに身近にたくさんあり、その重要性は極めて高い物資です。そして日本刀や和庖丁、そして高機能鋼材など日本は世界一の鉄を扱う技術を持ち、日本の重要な産業でもあるのですが、日本の学校教育では、まるで無視されていて、鉄や鋼の性質について触れられることはありません。

鉄はその性質上、純粋な鉄(Iron)として使われることはほとんどなく、鋼(Steel)すなわち炭素など他の元素との合金として使われる。鉄(Iron)と鋼(Steel)

日本と鉄

鉄器は紀元前3世紀頃 青銅とほぼ同時期に日本へ伝来したが、当初は日本には製鉄技術はなくもっぱら輸入されていました。

製鉄はその後、弥生時代後期(1~3世紀)には、北九州や兵庫など各地で開始されはじめ、やがてたたらによる製鉄技術の登場により生産される鉄は日本の重大な産物となる。

(図1) 砂鉄

組成式 Fe3O4 で示される磁鉄鉱

砂鉄

P(リン)、S(イオウ)など有害元素を含まない極めて良質の鉄が得られるが、多くはチタンを含むため近代製鉄では製錬できない。

日本の製鉄法であるたたら吹きは鋼塊炉 (bloomery) を用いた、砂鉄を原料とする直接製鋼法です。一方で、踏鞴製鉄と呼ばれる間接製鋼法も行われていました。

たたら吹きは、砂鉄を木炭を用いて鉄の融点より低い温度で、低温で還元すして直接炭素鋼を得る方法で、銑鉄を経ないため、炭素の含有量が銑鉄より極めてひくい良質な刃物鋼を生成するもので、近代の製鉄法が確立する前は(漢代以降の中国などの例外を除いて)広く世界的に見られた方法です。

特筆すべきは、日本のたたらは、鉄の含有量が高く不純物をほとんど含まない良質の砂鉄を原料に用いてきたことです。この製鉄方法で、玉鋼や包丁鉄といった複数の鉄が同時に得られる特徴があり、後の日本刀を生み出す礎となりました。

戦国時代になると日本では、1550年代頃までに銃器の生産が普及し、当時は足りない鉄を輸入していたことも知られています。鉄の生産量が増え、鉄の利用が一般的になったこのころになると鉄の技術者は鍛冶師、鋳物師と呼ばれるようになり分業化も進みました。また、永代たたらの普及により生産量が爆発的に増加したため、生産性の観点から歩止まりの良い砂鉄が採れる中国地方や九州地方への産地の集中が進むこととなった。

当時、鉄の精錬には木炭が使われた(ただし、宋代以降の中国においては石炭の利用が始まる)。日本の森林は再生能力に優れ、幸いにも森林資源に枯渇することが無かった。良質な砂鉄にも恵まれており、鉄の生産量と加工技術では世界で抜きん出た存在になりました。

踏鞴(たたら)

木炭を用いる製鋼法には、低温で直接、炭素鋼(ケラ)を取り出す直接製鋼法と、銑鉄(ズク)を取り出したのち、大鍛冶(おおかじ)で炭素などを取り除いて鋼を作る間接製鋼法があります。

ケラ押し法(直接製鉄法)

真砂砂鉄(チタン磁鉄鉱由来の砂鉄で不純物が少ない)を木炭と共に比較的低温で還元して玉鋼などの鋼を直接取りだす日本独自の製鉄方法です。収率が悪く製品にバラツキも多くなるが、極めて良質の鋼が得られる。

ズク押し法(間接製鋼法)

赤目砂鉄(フェロチタン鉄鉱由来の砂鉄)を木炭を用いて還元しますが、ケラ押し法に比較してより高温で行うために、炭素の多い銑鉄を取り出す。

取り出された銑は、大鍛冶という溶融しないで鍛錬によって炭素を取り除き、左下鉄、包丁鉄として利用されていきます。ズク押しで刃物鋼をつくる方法もかっては行われていましたが、現在日本刀の素材の玉鋼を取り出すのは、ケラ押し法によります。

真砂砂鉄は酸性岩類の花崗岩系を母岩とした砂鉄でチタン分が少ない。赤目砂鉄は塩基性岩類の閃緑岩(せんりょくがん)系を母岩としTiO₂に換算して5%以上のチタンを含んでいます。

江戸幕末には、艦砲を備えた艦隊の武力を背景に開国を迫る西洋に対抗するために、大砲鋳造用の反射炉が各地に建造された。これらは明治時代になるとより効率の良い高炉にとって代わられた。高炉はコークスを用いてより高温で炭素の多い銑鉄を連続的に生産できるようになった。

鉄(英:Iron(アイアン))と鋼(英:Steel(スチール))

鉄--Iron--とは元素としての鉄をあらわす。一方鋼(こう)--Steel--とは鉄の合金のこと。炭素鋼・ステンレス鋼など。

通常私たちが目にする鉄は何らかの他の元素を含む合金ですから、すべて鋼(こう steel)であるとも言えます。単に鋼といった場合は「炭素を含む鉄の合金」を言う場合が多い。

鉄の製錬(せいれん、smelting)と精錬(せいれん、英語:refining

近代製鉄では、鉄鉱石を溶鉱炉で製錬して炭素を多く(4.3%)含む銑鉄を取り出し、それから平炉や転炉を用いて炭素を除いて鋼にしています。

刃物に使用される炭素鋼は炭素を0.7%~1.6%程度含む鉄と炭素の合金です。

鉄と炭素の合金

(図2)鉄-炭素系二元合金平衡状態図
鉄-炭素系二元合金平衡状態図

極めてゆっくり温度を変化させたときの鉄の結晶構造

炭素鋼、すなわち鉄と炭素の2元合金の性質を知るためには「鉄-炭素系二元合金平衡状態図」が役立ちます。

純鉄
状態図の一番左のライン--炭素が0%--を見るとα(アルファ)鉄と呼ばれる状態が最も安定しています。α鉄は体心立方格子構造フェライトと呼ばれる構造。(以前は鉄のキュリー温度(770℃)以上はβ鉄と呼ばれていた。)
銑鉄
鉄を炭素とともに加熱すると、鉄-炭素系状態図の共晶点(炭素4.25%)1130℃--4.25%のライン--で溶融した鉄を取り出すことができる。冷却するとセメンタイトを多く含む白銑鉄となる。
鉄はそのままで利用されることはなく、転炉や平炉で炭素量を少なくして炭素鋼にされたり、ケイ素(Si)を加えるなどの調整をして鋳鉄になる。
炭素鋼
製鉄では、こうして得られた銑鉄を転炉(転換炉)や平炉で炭素含有量を2%程度まで下げて鋼を得る。
フェライトが含みうる最大炭素量( 0.02% )から、、オーステナイトが含みうる炭素量( 2.1% )の範囲の炭素合金を炭素鋼と言う。
鋳鉄
銑鉄の炭素量を調整し、炭素を2.14~6.67%含む状態で、ケイ素Siを約1~3%の範囲で加えた鉄 Feの三元合金。
セメンタイト濃度より炭素が多いため、グラファイト(黒鉛)が析出する。
グラファイトを含むため加工性が良いが脆い反面もある。防振性や加工性に優れた「ねずみ鋳鉄」や機械的強度に優れた「ダクタイル鋳鉄」が多く使われている。

炭素鋼の分類

(炭素)鋼を大まかに分類すると表のようになります。

炭素を含む鉄の種類
0%0~0.2% 0.3%~2% 2.1 ~ 6.7%4.25%
純鉄軟鉄炭素鋼鋳鉄銑鉄
炭素が約0.3%以下
低炭素鋼
炭素が約0.3~0.7%
中炭素鋼
炭素が約0.7%以上
高炭素鋼
鋳鉄はケイ素を含む溶鉱炉から最初に取り出される鉄 共晶点(炭素4.25%)で鉄を取り出したもの。

鉄炭素二成分状態図

炭素を含む鉄、炭素鋼は熱処理で大きく性質が変わります。

炭素を含まない鉄の様々な相

炭素鋼は炭素の量と熱処理によって大きく性質が変わります。オーステナイト、マルテンサイト、パーライト、セメンタイトなど色々な--iteが登場します。

鉄も金属結合をしていますが、鉄の塊全てが境目なしで結合しているわけではなく、小さな結晶が寄り集まった多結晶です。その結晶の境界を粒界という。ひとつひとつの結晶が大きければ金属の導電性も展性・延性といった塑性変形も行いやすく、小さいと硬くなります。

鋼を語る場合は、それぞれの結晶を作っている組成と粒の大きさを合わせて考える必要があります。

(図3)鉄-炭素系二元合金平衡状態図

鉄-炭素系二元合金平衡状態図

フェライト(ferrite
911℃以下の温度領域では、鉄は体心立方格子構造をとる。
フェライトは、Fe-C状態図において、728℃で最大溶解量0.0218 %までの炭素を固溶できる。この最大溶解量の値が、鉄と鋼の分かれ目となっている。
オーステナイト(austenite
純度 100 %の鉄において、911 ℃を超えると、γ(ガンマ)鉄と呼ばれる面心立方格子のオーステナイトとなる。面心立方格子は隙間が大きいために、最大で2.14(W)%の炭素を含むことができる。
770 ℃までは強磁性体である。770 ℃を超えると常磁性体に変化する。この温度をA2点(キュリー点)という。以前はこの状態の鉄をβ鉄と呼んでいた。
デルタフェライト(delta ferrite
1392℃~1538℃の融点の範囲では、再び体心立方格子のデルタフェライトという構造になり体積は大きくなります。δ鉄は0.1%の鉄しか含めない。通常は考えなくてよい

炭素を含む鉄の様々な相

(図4)炭素鋼の範囲

鉄-炭素系二元合金平衡状態図

パーライト(pearlite→図3
炭素を0.77%含む鉄を徐々に冷却すると、溶けきれなくなった炭素が絞り出されてフェライトセメンタイトの微細な層構造の真珠(Perl)光沢のパーライトになる。
炭素が0.77%以下の0.025~0.21%含む鉄(亜共析鋼)を徐々に冷却すると初析フェライトが析出する。そのため温度が下がるにつれて炭素の濃度が高くなり、やがて0.77%(727℃)になると、パーライトができる。
一方、炭素が0.77%を越える超共析鋼は、先にセメンタイトが生じ、温度が下がるにつけて炭素の濃度が下がり、やがてが0.77%(727℃)になると、残りがパーライトになる。
(図5)ゆっくりした温度での相変化

鉄-炭素系二元合金平衡状態図

セメンタイト(cementite
これは固溶体ではなく、化学式 Fe₃C で表される鉄カーバイド(鉄炭化物)でセメンタイトと呼ばれる。セメンタイトはセラミックの一種で極めて固くて脆い。
マルテンサイトmartensite
オーステナイトの状態になっているものをを急冷すると、マルテンサイトと呼ばれるFe-C状態図に現れない組織が現れる。
マルテンサイトについては別項で説明する。

マルテンサイト(martensite

0.02%以上炭素を含む鉄を高温に保ち全体が炭素を多く含むことができるオーステナイト(面心立方格子)の状態になっているものをを急冷すると、マルテンサイトと呼ばれる鉄-炭素系二元合金平衡状態図に現れない組織が現れる。これを焼入れという。

(図6)マルテンサイト
オーステナイトから急冷するとマルテンサイト

マルテンサイトは炭素を含むことができないフェライト構造(体心立方格子)が引き延ばされて炭素が割り込んだ形です。マルテンサイトは固くて脆い。この熱処理を焼入れという。

マルテンサイトの結晶

(図7)Wiki

870 °から水焼入れされたC0.35%C鋼のマルテンサイト組織

切れる刃物か'火事場の鋸'であるかの差はマルテンサイトであるか否かと言ってよい。

炭素鋼の熱処理

炭素鋼は、その組成だけでなく、熱処理で大きく性質を変えることができる。その熱処理である「焼入れ」「焼戻し」「焼なまし」「焼ならし」について簡単に説明して起きましょう。

(図8)焼入れ

鉄-炭素系二元合金平衡状態図

焼入れ(quenching図8
刃物鋼の内の炭素鋼は炭素を0.5~1.5%程度含む炭素鋼が使われます。900~1100度程度まで加熱すると、γ鉄であるオーステナイトに変化して大量の炭素を格子間に含むことができます。その状態から急冷すると、炭素が吐き出される時間がなく、フェライトの一軸が引き延ばされた準安定な、マルテンサイトになる。
マルテンサイトは刃物として使う鋼の条件であるが、このままでは固いが脆いので刃物としては使用できない。
(図9)焼戻し

鉄-炭素系二元合金平衡状態図

焼戻し(tempering)図9
焼入れによって得られた炭素鋼のマルテンサイト組織は、硬いが脆い状態になっている。この焼入れ後の組織に粘り強さを与えるのが焼戻し(tempering)の最大の目的です。適切な焼戻し温度と保持時間や冷却速度で最適な硬さと靱性のバランスが現われるようにする。焼戻し温度を高くすると靱性が大きくなり、固さを重視する場合は低温で焼戻しをする。また冷却速度が早すぎると、組織は不安定で「ひずみ」や残留オーステナイトを含んでいる。
次の焼きなまし焼ならしと異なるのはオーステナイト化するまで温度を上げないことで、最高でも600℃前後までである。
どの温度まで上昇させるかによって組織が変わる。低温80 - 160℃では炭素を0.2~0.3%含む低炭素マルテンサイトとε炭化物に。中温(230 - 280℃)では残留オーステナイトが残っていれば、下部ベイナイトに変化し、やがてフェライトと炭化物に変化する。高温(300℃以上)ではセメンタイトが細かい粒状で分散しているが、さらに温度が上昇していくと、大きな粒子に凝縮してい。400 - 500℃程度までに加熱された組織は、トルースタイトと呼ばれる組織になり、500 - 650℃程度ではソルバイトと呼ばれる組織になる。
(図10)焼ならし・焼きなまし

鉄-炭素系二元合金平衡状態図

焼なまし(焼鈍)(annealing)図10
炭素鋼をα鉄化される温度でしばらく加熱して、その後炉内などでゆっくりと温度を下げて、炭素鋼の標準組織にする操作をいう。
焼ならし(焼準)(normalizing)
焼なましとの違いは、目的が組織の微細化であるために、大きな結晶ができないように、焼きなましより速い速度で冷却される。
焼入れ処理の前段階として行われることがある。

刃物について

刃物として使われる刃物鋼が、実際に刃物として使えるようにするためには、単に組成だけでなく、その熱処理が重要であることを刃物と鉄の基礎知識で説明しました。

ところが単に「切れる」と言っても「切る仕組み」も様々です。そこで、この章では「なぜ切れるか」を詳しく説明して、なぜ「研がなければならないか」、「どのように研げばよいか」を説明します。

刃物鋼(鋼—ハガネ)とは

炭素を0.5%~1.5%程度含む炭素鋼で、鍛造後熱処理を経て刃物として使用される。この範囲にある炭素鋼は焼入れ焼戻し処理によって、適度な柔軟性を備えたマルテンサイトになり刃物として使えるようになります。

では炭素が多ければ多いほど優れた刃物用鋼材なのかというと、そうではなく、刃物には用途に合わせて求められる特徴が大きく変わります。それには「かたさ」だけでなく、柔軟性、研ぎやすさ、耐食性、耐摩耗性、そして価格などがありますから、それに合わせて鋼材を選択する必要があります。

代表的な炭素鋼のうち刃物に使用されるものを上げて見ます。

各種炭素鋼の特長
鋼材名特長
安木鋼白紙2号

白紙鋼は、その鉄のすべてを安来産の砂鉄を原料に作られた鋼材です。砂鉄を原料とするためにリン・イオウ等の鋼に悪影響を与える不純物が極めて少な、ごく少量のマンガン(Mn)以外を含んでいないのが特徴です。

炭素含有量が1.05~1.2%と比較的高い素材になります。白紙鋼は高級刃物鋼の元祖で刃物鋼の代名詞的な存在で。庖丁・鎌・鉄・鉈・鋸・飽など様々な刃物に使用されています。

熱処理を容易にする不従物もほとんど含まないために、水を用いて急冷しないと完全な焼きが入らないなど熱処理が難しく、職人やメーカーの技術が試される鋼です。腕の良い職人・技術者と出会うと、次に説明する青紙鋼よりも良い性能を引き出すことができます。

逆に言えば、白紙2号を使用して高硬度・高強靭性の刃物を作れるかどうかで良い職人・メーカーが分かるとも言えます。

不純物が少ないことで、高硬度でありながら、砥石で非常に研ぎ易い特長があります。業務用刃物では最も多く使われている材料です。

硬度は60-64度

白紙には白紙1号(1.25〜1.35%)、白紙3号(0.80〜0.90%)、白紙鋸材(0.90〜1.00%)などがありますが、包丁には2号がもっぱら使われています。

硬度切れ味刃もち脆さ研ぎ用途

60
××家庭用
本職用
安来鋼青紙2号
V特2号

先の白紙2号鋼に、靭性や焼き入れを容易にする目的で少量のクローム(0.5%未満)わ、耐摩耗性を工事用させる目的でタングステン(1-1.5%)を加えた鋼材が青紙です。

この鋼も高級刃物に使用されています。この2種の添加物によって白紙鋼の熱処理の難しさを解消し、より高硬度にしても同時に粘り強さも有し、耐磨耗性も非常に高くなっています。

ある意味、技術者の技量を問わないという特徴があります。

炭素が多いため、鋼の中に微細なセメンタイト(炭化物)が多くなっています。セメンタイトはは極めて固く、磨耗しにくいため永切れする刃物になります。そのために使用頻度の高い本職向けの刃物に使用されることが多いようです。

その一方で、白紙鋼に比較して砥石でおりにくい、研ぎにくい欠点があります。そのため、本職でも研ぎやすさと価格の面からを優先して白紙の庖丁を好まれる方も多い。

白紙と同様リンや硫黄などの不純物が少ない100%砂鉄系の原料から作られています。硬度は刃物の種類によって60-65度になります。価格は白紙に比べて、かなり高価です。

青紙にも炭素量の違いで青紙1号(1.25〜1.35) 、そして炭素量の他添加物を増やした青紙スーパー(1.40〜1.50)がある。炭素量の多い青紙1号はタングステンの量も多く、日本かみそりや仕上げ飽などごく一部の特殊刃物に使用されています。→図2

また、V特2号鋼は、武生特殊鋼材が開発した、成分的には青紙2号に極めて近い鋼です。

硬度切れ味刃もち脆さ研ぎ用途

62
×本職用
安来鋼黄紙2号

黄紙2号鋼は、価格を抑えるために白紙鋼に一般鉄を50%程度混ぜた素材です。そのため基本的には白紙2号と炭素・マンガンの含有量などは同じ鋼ですが、一般項に由来するリン・イオウ等の不純物が比較的多く含まれています。そのため本職用の刃物などに使われることは少なく、主に家庭用の庖丁や、鎌・草削りなどに使用されています。

この鋼材も白紙よりは容易ですが、適正な熱処理が必要で、よい職人で作られたものは永く切れ、安価で、研ぎ易い鋼と言えます。不従物のために急冷に多少弱い側面があり冷凍食品などに使うと刃が大きく欠けることがあります。硬度は刃物の種類によって58-62度。

硬度切れ味刃もち脆さ研ぎ用途

58
××家庭用
SK-5鋼

この鋼は庖丁以外の炭素鋼としての用途が多い。各種工具や電動工具用の鋸などの刃物に使用されています。炭素含有量が0.8-0.9%と安来鋼に比べればやや低め---共析鋼(炭素を含む鉄の様々な相--より少し高濃度の為、硬度も上記の鋼よりは低くなります。(56-60度)。刃物で言えば、全鋼の庖丁・低価格の割込庖丁・鎌・鈷・鋸などに使用されています。

全鋼包丁は、地金と組合わせた刃物に比べれば研ぎにくくなります。→刃の断面

硬度切れ味刃もち脆さ研ぎ用途

58
××家庭用
55C・45C

55C・45Cはそれぞれ、炭素含有率が0.55%、0.44%という意味です。

安価な鎌や鍬、鋏や鋸、ショベルなどに使われます。共析鋼より炭素含有率が低く、切味の保持力を長期間要求される刃物にはあまり向きませんが、折れてはまずい用途に使われます。

硬度は種類によって50-58度。マルテンサイトであっても、フェライトを含んでいて柔らかいために焼戻しをする必要が無く製造コストを下げることができます。簡単に刃つけができる。

硬度切れ味刃もち脆さ研ぎ用途

58
××家庭用
刃物用ステンレス鋼の特長
鋼材名特長
ステンレス鋼

鉄に、錆びにくくするための11.5 - 15 %のクロムと硬度を与える炭素を含むステンレス鋼です。クロムを含むとマルテンサイト化しやすくなりますが、ニッケルが含まれるとマルテンサイトになりにくくなります。炭素を含むためにクロムが炭素と結合して通常のステンレスよりは錆びやすくなります。また焼き入れ処理が難しくなりますから、鋼材メーカーにより様々な添加物で調整されています。

クロームが含まれることで耐摩耗性も向上しますが、切れ味に関してはセメンタイトなどの構造がないために、炭素鋼の刃物には敵いませんが、一般家庭での使用では支障がない程度の切れ味はあります。

硬度切れ味刃もち脆さ研ぎ用途

52
家庭用
モリブデンバナジウム鋼

モリブデンバナジウム鋼は焼き入れ処理を容易にするためのモリブデン(Mo)と、焼き戻し時に、柔らかくな理過ぎなくすることや靭性を持たせるためにバナジウム(V)を添加した鋼材です。従来のステンレス鋼に比較して圧倒的に耐摩耗性やサビにも強いのですが高価になります。従来のステンレスは、100℃近い温度でも繰り返し加熱すると軟化する欠点がありましたがそれもない。

硬度切れ味刃もち脆さ研ぎ用途

56
本職用
コバルト合金鋼

コバルト合金鋼はもともとスウェーデンで産出した高純度の鉄鉱石を、低温ガス還元法(ヘネガス法)という特殊な精錬法により不純物を取り除き、多種の希少金属と組み合わせ製鋼された特殊ステンレス刃物鋼です。不純物がきわめて少なく、コバルトが含まれていることにより素地が非常に硬く、切れ味・耐摩耗性に優れ、モリブデンが含まれているので弾力性に優れ、折れにくいという特性を持っています。ハガネ材と比較すると切れ味の面で多少は劣りますが、サビにも比較的強く、刃物用の材料としては、最適ともいえる素材です。

硬度切れ味刃もち脆さ研ぎ用途

58
本職用

刃物が切れる理由、切れない理由(三パターンの刃)

刃物と一言で言っても、切る仕組みは様々です。なぜ切れるかを知らないと研ぐことはできません。

切るという一つの作業なのですが、大きく3つの要素がありますが、それらが単独で切れているのではなく、3つの組み合わせやバランスが重要になります。

(図11)刃先のギザ
引くと切れるのは角度ではなく刃先のギザギザ
和庖丁など・・繊維を切る→図1
和包丁などで最も重要な要素で、刃先を観察すると、刃物鋼の独特の細かいギザギザがあり、それで食品の繊維を切り裂いて切ります。
このギザギザが細かいと抵抗が少なく切り口も美しくなります。
物理の教科書で引くと切れるのは、「斜めに引くと角度が小さくなる」という説明を見かけることがありますが、それは間違いです。まっすぐ切り下ろそうが、斜めに引こうが押し広げる幅は同じですから意味ないです。
これが長持ちするほど長く切れることになります。また、このギザギザを復活させることが研ぐ重要な要素になります。
わって入る
(図12)割り込んでいくタイプ
剃・斧・鉋→図2
これが、刃物としては最もイメージしやすいのですが、実際にはこれは二次的な要素であることが多い。例えば野菜を切る戸には先端で繊維を切り→図1、側面で押し広げていくように他の要素と組み合わさることが多い。
木割り斧の場合繊維を切る必要はなくて、押し広げていくだけですから側面が滑らかな橇(そり)のようななっていることと大きな角度のハマグリ刃であることが必要になります。また、鋼材は固い物ではなく研ぎやすい比較的炭素量の少ないものが適しています。なお、木割り斧の使い方は大多数の人が間違っているので機会があったら説明します。
いっぽうで、切斧と呼ばれるタイプの斧は刃先の形状が異なっていて、こちらは繊維を直接切る作業になますから薄く研がれて、固い鋼鋼を割り込んで使います。頭にたたくために高炭素鋼がついているものもあります。全く用途は異なりますが、剃刀もこのタイプになります。
わって入る
(図13)裁断
鋏や裁断機・・ちぎる
二つの刃で引きちぎる切り方になりますが剪定鋏のように割り込んでいくタイプあります。
この場合に大事なことは、薄い紙や柔らかい布地を切るときは刃先の角度は大きくてよいが、逆に厚物生地を切る場合は角度が小さいほうが良いことです。そのくせね板金鋏や工作鋏は角度が大きくしないとなりません。これは切られた後の素材の動線で判断します。
紙を切る裁断機でも、一枚ずつ切る「押切」タイプは大きな角度ですが、たくさん重ねて切る「強力裁断機」などは薄く研がれます。
なお鋏については刃先の角度以上に極めて重要な要素がありますが、これは鋏はなぜ切れる?(5)に譲ります。

どの角度で研ぐかは、新しい刃の状態をよく観察して覚えていくことが最も理解しやすいでしょう。

研ぐとはなにか

その刃物がどういう仕組みで切れるかを念頭に置いて、その目的を最大限発揮できるように研がなければ研ぐ意味がなくなります。

滑ってはならない庖丁の刃先をいくら鋭利に研いでもスルスル滑るようでは切れません。鋏の刃を鋭利に研いでもすぐ欠けてしまいます。

切れるか切れないかの判断

毎日使う刃物は、少しずつ切れなくなっていくものですし、他に比べる物もなく研ぐタイミングが分かり辛いものです。もちろん、皮付鶏肉とかを切ると解りますが・・・。

刃先が研がれていく過程
庖丁の刃先が研がれていく過程
具体的な見分け方

なぜ切れるかの説明後では「切れる切れないの判断」は難しそうですが、実は切れるか切れないかの判断は簡単にできます。よくお年寄りが刃先を撫でていますが、まさにそれが見分け方なのです。

紙を切って見る
薄手の新聞広告や新聞紙を図のようにもって指先から数センチ離れた所を切り下ろす。
紙が逃げたり刃先がすべるようでしたら研ぎましょう。
これは、刃先の細かいギザギザがのチェックになります。
爪の上で
まな板の上に、爪が45度になるように親指を置き、そうっと庖丁を上に置いて滑って落ちるようでは切れません。
刃先の角度によらず、これらの方法で

研ぎ方教室

この章では、鉄や刃物鋼について最低限のことを駆け足で説明して研ぎ方の説明を行います。基礎知識を深めたい方は、もう少し深く書かれている刃物と鉄の基礎知識刃物についてをお読みください。

そもそも刃物とはなにか?鉄は現代文明を支える大きな要素なのですが、大学や工業高校などで金属を専攻しない限り、学校教育ではについて学ぶ機会は全まったく設けられていません。

そのために、古典落語の「道具屋」のセリフ

その鋸はな、火事場で拾ってきた奴なんだ。紙やすりで削って、柄を付け替えたんだよ

という重要なセリフすらが通じないという悲惨なことになっている。「なまくら」や「焼きを入れる」「相槌を打つ」「踏鞴(たたら)を踏む」「頓珍漢」「付け焼刃」はすべて鍛冶に由来する言葉なのだけれども。

今回は、最低限の鉄の知識を身につけて、日常生活に必要な刃物のメンテナンスについて学びます。

用意するもの

実際に刃物をいくつか研いでみますので、下記のものを用意してください。使用している刃物などがあればお持ちください。また、汚れてもよい服装で参加してください。

道具類
荒砥
切れなくなった刃物をちょっと直す程度なら不要な時もありますが、刃物研ぎの主役です。これでできるだけ形を整えます。
刃物鋼の場合はGC(細目/刃物用)と呼ばれる緑がかった合成砥が最もよく研ぎおろせますが、消耗が早いのが難点です。
中砥
#1000番を中心に各種あります。家庭用の場合はこれで仕上げにしてもよい。刺身包丁、カンナ、剃などはさらに仕上げ砥石を使って仕上げる必要があります。斧類も荒い仕事ですが仕上げ砥石までかけたほうが良いですね。
仕上げ砥石
剃(そり)、鉋、本職用の庖丁には必須です。合成砥石も最近は良くなりましたが天然砥石にはまだまだかなわないところもあります。天然砥石には数十万以上というとても高価なものもあります。
安価な包丁は不思議なことに仕上砥石まで進むとかえって切れないこともままあるようです。技術もあるのですが素材自体にセメンタイトなどがなく均質なために故意にギザギザを残さないとまずいのかも。
コンビ砥石
荒砥と中砥がセットになったもの。大抵は荒砥のほうが先になくなってしまうのですが、手始めには価格も手ごろなのでお勧めです。続きそうになければこの段階で・・・
研ぎを覚えて自信がついたら、先になくなったほうの荒砥石なり中砥石など専用のものを買い足すとよいでしょう。
皮砥
カエリ(後述)を取るにはあったほうが良いですが、それこそベルトやランドセルなどの皮の端切れでも良い。なければ、厚紙などでも代用できる。
その他
砥石台
砥石が動かないように固定するもの。簡単に自作できますから作っておくとよいでしょう。すべりやすい台の上で使うために、裏にカーショップなどで販売されている「すべり止めマット」--ダッシュボードの上の小物置用???---を張り付けるのもよいです。
洗い桶など
砥石が浸かる程度の大きさがあればよいです。刃物が当たってせっかく研いだ刃を痛めないようにプラスチック製が良いでしょう。
ふきんなど
ぼろ布、ウェス
防錆油
錆止めに使用する。鉱物油や植物油なら椿油のような不乾性油を使います。
その他
サンドペーパーなど
その他
まな板
木製が良い。
食材など
切れ味を試して、サンドイッチでも作るなら
  • 完熟トマト
  • 食パン
  • ハム
  • パセリ
  • マヨネーズとかバター

基礎知識

は、原子番号26。元素記号の Feは、ラテン語で鉄を表すferrumに由来したもの。英語ではIronという。金属元素の一つで地球にはたくさん存在する元素で、地球の地殻の約5%を占めます。

鉄は地殻に豊富に存在することと、その性質によって人類にとって最も身近で重要な金属元素であり、様々な器具・工具や構造物に使われています。

鉄のたぐいまれな性質

金属の中で鉄は最も豊富に存在し身近な金属でありながら、とても変わった金属でもあります。炭素をはじめ他の元素を取り込むことができ、熱処理で大きく性質が変わります。

それによって、現代文明の様々な場所で最も多く使われる極めて重要な金属元素となっています。

  • 炭素と合金を作りやすく、その量によって様々に性質が変わる
  • さらに、「焼き入れ」「焼きなまし」の処理によっても性質が変わる

鉄の製錬(せいれん、smelting)と精錬(せいれん、英語:refining

近代製鉄では、鉄鉱石を溶鉱炉で製錬して炭素を多く(4.3%)含む(1130℃)溶解した銑鉄を取り出し、それから炭素を除いて鋼を取り出します。日本のたたら製鉄では、それより低い温度で直接炭素の少ない炭素鋼を取り出していました。【直接接製鋼法】

刃物に使用される炭素鋼は炭素を0.7%~1.6%程度含む鉄と炭素の合金です。

鉄(Iron)と鋼(steel)

鉄(Iron)とは、炭素など他の元素を含まない場合で、炭素など他の元素を含む場合は鋼(steel)と区別されます。そのうち、鉄鋼や刃物に使われる炭素との合金を炭素鋼、あるいは単に鋼と呼びます。ステンレス鋼と言う場合は鉄とクロムなどの合金の事です。

炭素鋼とは、鉄と炭素の合金のうち、炭素を0.02%~2.2%程度含むものです。また、刃物に使用される刃物鋼は炭素が0.7~1.5%と比較的多く含まれています。

刃物鋼とは

炭素を1%程度含む炭素鋼は、焼入れ、焼戻しという熱処理を経る事で刃物鋼として使用されるようになります。

炭素鋼の相変化

多くの物質は固体であっても温度によって安定な結晶の形が異なるものが多いです。高校あたりで実験した経験があると思いますが、硫黄は95.6℃以下ではα硫黄(斜方硫黄)が安定で、それを越すとβ硫黄(単斜硫黄)が安定になる。そのため融点まで溶かした硫黄を急冷すると針状結晶の単斜硫黄の結晶ができますが、そのまま長時間放置すると斜方硫黄になる。

また、チョコレートが高温で溶けて固まると様々な結晶形がまじりあった状態になるが、テンパリングをして一つの結晶にすると光沢があり口どけの良いチョコレートになりますね。

鉄の結晶
(図3)鉄-炭素系二元合金平衡状態図

鉄-炭素系二元合金平衡状態図

鉄の個体は他の物質同様に温度によって安定な結晶が変わります。低温時のα(アルファ)鉄から高温時のδ(デルタ)鉄まで相変化します。かって結晶学が未熟な時代にはβ(ベータ)鉄という相がありましたが、現在は否定されて存在しない欠番になっています。まず純鉄について説明すると。

α(アルファ)鉄
フェライトと呼ばれる体心立方格子の構造で911℃まではこの構造が最も安定です。
γ(デルタ)鉄
911℃を超えると面心立方格子のオーステナイトという形が安定となります。
δ(デルタ)鉄
1392℃~1538℃の融点までで安定な構造。デルタフェライトと呼ばれますが扱うことはないので忘れてよい。
炭素を含む鉄の結晶

私たちが普段見かけるは、本来の意味の鉄(seelではなく、炭素を含む炭素鋼(carbon steelです。とは鉄の合金の名前で炭素との合金が炭素鋼なのですが、単にという場合は炭素鋼です。炭素以外を含む場合はステンレス鋼とかバナジウム鋼のように呼びます。

炭素だけを含む二元合金は、純鉄と異なる結晶形を取ります。これにも名前がついています。

(図4)炭素鋼の範囲

鉄-炭素系二元合金平衡状態図

セメンタイト
炭素を大量に含む鉄はセメンタイトという炭素と鉄の化合物となります。とても硬いセラミックの一種
パーライト
γ鉄(オーステナイト)は高温だと炭素を多く含むことができますが、低温だと炭素を含むことができませんから、炭素を含むオーステナイトをゆっくり温度を下げると、余った炭素がセメンタイトになり残りはフェライトとして析出し、真珠光沢の複合結晶のパーライトになります。
マルテンサイト
炭素を含むオーステナイトを急冷すると相図に現れないマルテンサイトになります。マルテンサイトは逃げ出せなかった炭素がフェライトの構造に割り込んだ---歪んだフェライト構造で硬くて脆い。この存在が刃物として使われる鋼の条件になる。
熱処理

刃物として炭素鋼が使われるためには、マルテンサイト構造が必要になりますが、マルテンサイトは固いのですが脆いためにそのままでは実用性に欠けます。そのめたに、炭素を含んだ炭素鋼を高温にして急冷してマルテンサイトをにし、さらに再び過熱して適度な靭性を持たせる熱処理がひつようになります。

(図4)炭素鋼の範囲

鉄-炭素系二元合金平衡状態図

焼き入れ
炭素を適量含む炭素鋼を全てがオーステナイトになる1000℃程度まで加熱して、急冷することでマルテンサイト化させます。これを焼きを入れる焼き入れと言います。
焼き戻し
こうしてできた硬すぎて脆いマルテンサイトをオーステナイト化しない温度500~600℃まで加熱してゆっくりと温度を下げます。この処理が焼き戻しという刃物として使う最後の熱処理になります。鋼材や目的によって技術を要するところです。この処理をしない--と付け焼刃になってしまう。

研ぐとは

庖丁など

先端の細かいギザギザで繊維を切り、それを両サイドで押し広げていくのですから、鋼材に由来するギザギザをできるだけ生かす研ぎ方になります。

  1. 荒砥で切り刃を適切な角度に研ぐ
  2. 中砥で荒砥の傷をとり刃がつくように刃先まで研ぐ。
  3. 刃先のギザギザを保つように刃をつける。

鋏など

剪断のために刃の角度は、一般的に60度以上と、とても大きい。金切鋏や工作鋏は80度程度、洋裁鋏は60~70度程度です。ただし後述の剪定鋏は鋏の中では最も小さい15~20度程度に研ぎます。刈込鋏はその中間あたりです。

洋裁鋏も厚物切は小さく、薄物を切るときは大きな角度に研ぎます。

  1. 中砥で丸くなっている部分がなくなるまで研ぐ。欠けている場合は荒砥を使う。
  2. 刃先のギザギザを保つように刃をつける。

斧・剃り・鉋・鑿

用途に合わせて切刃の角度は大きく変わりますが、繊維を引っ掛けて切る必要はないために、鋭くかつ滑らかに仕上げる。

  1. 中砥で丸くなっている部分がなくなるまで研ぐ。欠けている場合は荒砥を使う。
  2. 仕上げ砥石までかけて滑らかにすることが必要。

実際に研いで見よう

庖丁の研ぎ方

庖丁は、切る最初の段階で刃先先端の細かいギザギザで繊維を切る必要がありますから、それを残すことがひとつのポイントになります。

研ぎ方の前に庖丁の用途と形を整理して置きましょう。

様々な包丁の形
和庖丁
基本的に片刃のものが多い。家庭用の菜切包丁は両刃
洋庖丁
両刃
刃の断面
片刃と両刃
片刃
切り口を重視する和庖丁で一般な形
出刃庖丁・刺身庖丁・菜切りなど
両刃
洋庖丁や家庭用の庖丁に多い形
全鋼(全体が刃金)や割込(中心に刃金)の庖丁
牛刀・三徳など
二段刃・ハマグリ・裏スキ
ハマグリ刃
叩き割る用途に多い。丈夫さが求められる庖丁
二段刃
説明
裏すき
説明
二段刃の断面
刃先が研がれていく過程

二段刃についての説明

研ぎ方

では・・

図のタイトル
刃先が研がれていく過程
  1. 荒砥を水につけて数分待って水を含ませます。
  2. 庖丁の柄を利き手でしっかり掴んで保持します。

    砥石に当てる角度や前後への動きは利き手で行います。

  3. 利き手でない方の手で研がれている真上を押さえ、同時に動かします。
  4. 最初は背中から見て右側を研ぐのが良いでしょう。

    片刃の庖丁は、「しのぎ」のある方から先に研ぎ、裏側は荒砥では研ぎません。

    両刃の庖丁は左右同じに研ぐか、背中から見て右側を主に研ぎます。このとき、割り込み包丁のように中央にハガネが入っているものは、それが中心に来るように研ぎます。

  5. 砥石の全長を使い切るように庖丁を動かす。

    砥石を斜めに置くと砥石の角も使えます。

    刃先の線に直角に動かすのが基本です。

    刃先から刃元に向かって砥石が削り取る方向が研ぐ方向です。逆だと刃先が欠けやすくなります。

  6. カエリ(バリ)が刃先全体に出れば、その側面は終了です。
  7. 庖丁をひっくり返して同様にカエリが出るまで研ぎます。荒砥できちんと形を整えることが最も重要です。それさえできれば90%の研ぎは済んだと言えます。
  8. 中砥に変えて、同じ作業を繰り返します。
  9. 同じように、荒砥の時より小さいバリが出ますから、それが出たら反対側を研ぎます。片刃の庖丁の場合は、この段階で裏を軽くバリを取る程度に研ぎます。
  10. 必要な場合は、砥石を仕上げ砥石に変えて同様に研ぎます。
  11. 最後に皮砥で、少し刃を立てて裏表をひっくり返しながら研いで、細かいカエリを取れば終了です。皮砥がない場合は紙でも良い。皮砥は必ず刃元から刃先に向かって研いでください。そうしないと皮砥を切ってしまう。

鋏の研ぎ方

鋏は剪断という切り方になりますが、用途によって切る仕組みが変わります。板金鋏は典型的な裁断ですが、洋裁鋏や紙を切る鋏は繊維を切る必要がありますから滑らないことも必要になります。また、剪定鋏は喰い込んで切る切り斧など同じ仕組みになります。これらの違いをしっかり理解して研ぎましょう。

鋏の形
洋裁鋏
剪断と同時に刃先が滑らないように
剪定鋏
両刃
刃の断面
片刃と両刃
洋裁鋏
二段刃で
工作鋏
角度は直角に近い
剪定鋏
受け刃で受けて切刃を喰い込ませて切る
鋏の研ぎ方

では・・

図のタイトル
刃先が研がれていく過程
  1. 分解できるものは分解する。

その他の刃物の研ぎ方

付録

参考資料

索引